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水納島(みんなじま)とは?

水納島(沖縄県国頭郡本部町)

水納島は、沖縄本島本部半島の沖合にポッカリと浮かぶ三日月型の小さな島です。

水納島の概要

島の人口は60人余の観光の島。
かつては無人島で、島全体が「メンナノ御嶽」として聖域になっていましたが、1903年(明治36年)に瀬底島から13戸が移住したとされており、島の名称は、水資源が乏しい「水無島」から来たと言われています。
東端に水納島灯台があり、学校は中学校・小学校だけ。ニンジンやスイカの栽培と畜産、それにビーチの観光業が主な産業の島です。
ATMや銀行、警察、病院、スーパー・コンビニなどはなく、本当に静かでの〜んびりとした島です。

水納島の海の中
  • 歴史

    瀬底島から1890年に住民が移り住んできたのがこの島の歴史の始まりです。意外に新しい!
    その後一時人口は120人にまで増えますが、現在は50人に落ち着いています。
    沖縄が日本復帰を果たしたのは1972年5月15日のことです。それから3年後の1975年には復帰を記念して沖縄国際海洋博覧会が開催されました。渡久地港から船に乗り本部大橋をくぐると、左手には瀬底島、右手には海洋博の象徴アクアポリスが小さく見えていましたが、そのアクアポリスも2000年10月にスクラップとして上海へ売却され、水納島へ向う船上で話題にする人もいなくなってしまいました。

  • 島の形状

    飛行機からみたとき、クロワッサンの内側の海はシアン・エメラルドグリーンのきれいな海が見えます。
    水納島は奇妙な形をしていて、私には美味しそうなフカヒレに見えてきますが、世間ではクロワッサンアイランドと呼ばれています。
    そのクロワッサンのゼリーのような透明の海とグラニュー糖のような白い砂浜が評判で、ダイバーや海水浴のシーズンになるとたくさんの人が訪れます。
    しかし、昔は島全体がミンナノ御嶽(うたき)として神聖な場所とされ、立ち入る人も少ない無人島でした。先史時代の貝塚などが発見されていることから、人が生活した痕跡はあるものの定住していたかどうかは不明です。

  • 水納島の碑文(ひぶん)

    碑文(ひぶん)とは、石碑に彫りつけた文章の事です。
    小中学校の門の所にある「水納史の碑文」には、明治23年(1890年)に開墾が始まり、芋の栽培に適していたことから、同36年に瀬底島から13家族が移住してきたことなど、島の歴史が書かれています。

  • ハブ事情

    水納島はサンゴ礁が隆起して出来た島です。
    全体的に平らで、遠浅の海と白い砂浜はその特徴を備えていますが、隆起サンゴ礁の島にはハブが居ないという説には当てはまらないようです。ハブは夜行性で昼間は見かけることもあまりありませんが、夜になると草むらなどに潜んでいたりするようです。
    ハブの駆除は行われていますが、夜は繁みなどに入らないほうが無難です。

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